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zoom RSS 阪堺線沿線の名所旧跡めぐり−69

<<   作成日時 : 2012/12/11 09:23   >>

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大和橋(新大和川)
(住吉区)
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大和橋は紀州街道が大和川を渡る(大阪市と堺を結ぶ)ところに架けられた公儀橋です。

大阪側の橋を渡るところに「大和橋之碑」があります。
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「大阪市と堺市を結ぶ大和橋は 大和川の開削と共に宝永元年 紀州街道が川を渡るところに架けられた公儀橋であった
当時 大和川にはこの橋しかなく 旧暦六月末日に行われていた住吉大社の大祓の祭では一場の舞台てなった
神遷しをした神輿をかつぎ数百人が持つ炉火の火は西宮を始め兵庫明石から泉州湾岸まで見ることができる
人々はこの火を目印として神幸を拝したという
これを「住吉の火替え」といった
幕府の手によって架けられた大和橋は洪水時に絶えず流失の危険にさらされながら
大正五年 大阪府が鉄橋に架け換え 現在の橋は橋梁形式三径間連続の斜張橋で橋長一九二メートル
有効幅員九.五メートルとなった
                              平成十一年三月 大阪市」
と書いてあります。

大和川(新大和川)は奈良県桜井市の北東部(国道25号線・福住町南)近郊が源流です。
かつては生駒山系と葛城山系の間を抜けて北流して河内方面へ流れていましたが、何度も洪水を引き起こしたため、
今米村(現・東大阪市)の庄屋・中甚兵衛らが幕府に請願して、宝永元年(1704)に8ヶ月にわたる付け替え工事
の結果、現在のように堺に向け西流するようになりました。
橋の中央あたりから南東(堺方面)
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橋の中央あたりから北東(大阪市方面)
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住吉大社の夏祭り「川渡御」には紀州街道を神輿をかついで大和川を渡り、堺側のかつぎ手に引き渡します。
大和川にかかる大和橋(江戸時代には公儀橋でした)から東方を望むと二上山が見え、そこを越えると飛鳥の地にたどり着きますが、
この山並みの光景は古代から変わりません。
かつて「岸の辺の道」を歩いた万葉歌人たちも仰ぎ見たはずで、そう考えると、感慨深いものがあります。
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大和橋の東に阪堺線の橋が架かっていてチンチン電車が走っていました。

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