車椅子で地元の名所旧跡めぐり

アクセスカウンタ

zoom RSS 阪堺線沿線の名所旧跡めぐり−70

<<   作成日時 : 2012/12/13 09:28   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

浜寺公園内の名所旧跡
(堺市西区)
画像

阪堺線終着駅の前にはー年間220万人の人が訪れる明治6年完成の日本最古の公園の一つ「浜寺公園」があります。。

「名松100選」の美しい松林を誇る白砂青松の面影を残し、プール、交通遊園や春秋が見ごろのばら庭園などがあり、250種6,500株のばらが華やかな色と香りを演出しています。
画像

門のように立つモニュメントは、皇太子殿下御成婚記念碑で、昭和34年に毎日新聞社と浜寺スイミングセンターが寄贈したものです。
公園に入ると延々と松林が続いています、その中で見つけた名所旧跡です。


@浜寺公園の碑
公園に入ってすぐ左手に、浜寺公園碑が立っています。
画像

明治33年(1900年)に立てられたもので、浜寺の松が江戸時代に防風林として植林されたことや、公園の由来などが漢文調で記されています。
画像

浜寺公園はまず貴重な松林を残すために開設されました。


A惜松碑 (せきしょうひ)
浜寺公園のエピソードを記すのが、この惜松碑です。明治に入り、当時の堺県令はこの松林を伐採し、開墾しようとしていました。
画像

しかし、明治6年にこの地を訪れた大久保利通が「音にきく高師の浜のはま松も 世のあだ波はのがれざりけり」と詠み、
画像

松林を惜しむ気持ちを県令に伝えたところ、県令は伐採を中止し、太政官にこの地を公園にすることを願い出たのです。
画像

この石碑は明治31年(1898年)、大阪府知事・西村捨三によって立てられました。公園に入って右手にあります。


B与謝野晶子文学碑     
歌集「みだれ髪」で知られる歌人 与謝野晶子は明治11年に堺市で生まれ、少女時代から文学的才能に恵まれ
22歳のとき歌人の与謝野鉄幹と結婚し五男六女をもうけました。
歌集「みだれ髪」「小扇」「舞姫」をはじめ日露戦争の時には「君死に給うことなけれ」の長詩を発表。
     やわ肌のあつき血潮にふれも見で
              さびしからずや道を説く君
などの作品で、「情熱の歌人」と称されましたが、昭和17年64歳で惜しまれつつ亡くなりました。
この与謝野晶子の文学碑は、浜寺公園の正門入って右手に惜松碑、のやや北側に立っています。
歌集「火の鳥」の中のふるさと堺を詠んだ和歌の文学碑があります。
 (残念ながら写真が撮れていませんでした)
  
 ふるさとの 和泉の山をきわやかに
           浮けし海より朝風ぞ吹く
  

C鳳凰の松
昔の浜寺では「三光松」「羽衣の松」(衣懸けの松)「白蛇の松」「千両松」「黄金の松」「酔仙の松」「蓬莱松」
といった名松が数多くありました。
画像

画像

現在では、「鳳凰の松」が現代の名松とされています。 


D浜寺水練学校記念碑
画像

海水浴場は昭和36年の海岸部埋め立てにより幕を閉じ、昭和38年にオープンした府営浜寺公園プールがその代わりをつとめています。
画像


Eラクショウ
画像

バラ園の庭園内池の水際に鍾乳石のような珍しい植物が見られます。
画像


ほかにもあると思いますが目についたところだけです。
なお浜寺公園については公式ホームページがありますので見てください。
そして浜寺公園バラ園は当ブログ「あせらず あきらめず あかるく」をご覧ください。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
阪堺線沿線の名所旧跡めぐり−70 車椅子で地元の名所旧跡めぐり/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる