車椅子で地元の名所旧跡めぐり

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zoom RSS 阪堺線沿線の名所旧跡めぐり−72

<<   作成日時 : 2012/12/17 09:22   >>

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南海浜寺公園駅
(堺市西区浜寺公園町)
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浜寺公園駅は
明治40年(1907)、当時ひと夏100万人といわれた海水浴客に対応するため、難波〜浜寺公園間が電化され、あわせて東洋一といわれた海水浴場の玄関口にふさわしくするために建替えられたのが現在の浜寺公園駅舎です。
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戦後、埋め立てられた海水浴場など、駅周辺が劇的に様変わりする中で、「明治の駅」は今も健在で。
地元をはじめ多くの人々から親しまれ、日本建築学会など学術的にも高く評価されています。

平成10年(1998)には国の登録有形文化財に指定され、また平成12年(2000)には「近畿の駅」百選にも認定されています。
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南海電車は高架化が進んでいますが、浜寺公園駅と諏訪ノ森駅は国の登録有形文化財に指定されたため高架にできず旧駅舎が残っています

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駅舎は木造平屋建て、白木、白壁造りの洋風建築で、わが国で現存する最古の洋風駅舎です。
設計は日本の近代建築の草分けといわれる東京帝国大学工科大学学長・辰野金吾と片岡安博士によるもので、
屋根の正面に見えるドーマ窓(屋根窓)や柱の骨組みを壁に埋め込まずに装飾模様として活かすハーフチンバー様式造り、
また鹿鳴館の2階ベランダ部分に用いられた柱と似た玄関柱が特徴です。
ちなみに辰野金吾博士の設計した建物で有名なものとしては、赤レンガで有名な東京駅や日本銀行本店、関西では大阪市中央公会堂などがあるそうです。
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駅舎前には赤色の懐かしいポストがあり、左横には、白く塗られた木製の改札口がいくつも並んでいます。
ホーム側は自動販売機で塞がれ、外側は駐車スペースになっているので、今は使われないようですがバリアフリーに一役買っていて車椅子で行くと案内していただけます。
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でも昔は、浜寺公園で遊ぶのを楽しみにこの駅で降りた沢山の人々が、この改札を通り抜けたのだろうとしのばれます。


<駅構造とバリアフリー>---クリックすると大きくなります---
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待避設備を備えた2面4線のホームを持つ地平駅で3・4番線ホーム(難波方面)側に駅舎があります。
3番線ホームです
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駅舎前は階段になっていて、車椅子の場合左横の木製の改札口が車いす用に広くなっていて案内していただけます。
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4番線は難波駅側の切り欠き部にあり、元々はこの駅で折り返す列車が使用していたが、現在は待避線となっています。
4番ホームの反対側には5番線があった形跡が残されているそうですが分かりませんでした。
堺・難波方面へ向かう列車で4番線ホームに入線する列車は3番線を通過し、4番線に停車します。
渡り線がないため当駅では列車の折り返しはできません。
かつては難波方に渡り線がありましたが撤去され、当駅折り返し列車の設定はなくなりました。

3番線から見た、1.2番線ホームです。
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反対側の1・2番ホーム(和歌山市方面)は島式ホームで、地下道によって3・4番線ホームに連絡しています。
浜寺公園へ行く人は、階段で地下道へ入り3番ホームへ出て正面改札口を通ります。
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車椅子の場合は階段が利用できませんから、階段横のスロープを通り(線路の東側)の改札口からでます。
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(1・2番ホームと構内踏切によって繋がっています、構内の踏切は珍しいと思います)
改札口を出ると2段階段がありますが、駅員さんがスロープ板を使って道路へおりる手助けをして下さいました。
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出た後、少し南へ行くと一般道の踏切がありますから右折して踏切を渡れば浜寺公園へ行けます。
どこでもそうですが、踏切は線路のところに間が空いていますから注意して渡る必要があります。

阪堺線沿線の名所旧跡めぐりはこれで終わりです、次回はまだ未定ですが暖かくなってから決める予定です。

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